リプレイ:三国志X Powerup Kit版
 第1回 楽彊、いきなりの結婚、そして仕官

 

217年7月 上庸
旅の武芸者、楽彊 牟妄(らっきょう むぼう)。
彼は若くして荊南において江賊を討ったとか、巴蜀の地において珍しい木の実を採取する名人だとか、何かと人々の噂にのぼる人物であった。
しかし、まだ、使えるべき主にめぐり合ってはいなかった。

そんな楽彊が、かねてより親交のあった欧陽春とばったりと出くわしたのは、上庸の城下町に滞在しているときであった。

7月2日
 市場で見覚えのある女人を見かけた楽彊は、はやる気持ちを抑えつつ、声をかけてみた。

楽彊 「もし。そこにいらっしゃるのは欧陽春どのではございませぬか?」
欧陽春 「まあ、これは楽彊さま。お久しぶりでございます」
楽彊 「久しぶりですね。漢中の張魯さまのもとでお会いして以来ですから、3年ぶりとなりましょうか。お父上はお元気ですか?」

欧陽春の父、欧陽峰は西涼の医家として名をはせた人物であるが、かなりな偏屈であった上に、
医家ながら毒について事細かに調べ尽くしたとされ、「西の毒物医家」などと呼ばれていた。
張魯がまだ曹操に抵抗していたころ、楽彊は道教の修行もかねて張魯のもとに身を寄せていた。
そこに涼州を追われた馬超が助けを求めたとき、馬騰と親しくしていた縁で、欧陽峰は娘の欧陽春漢中に遣わした。
張魯の作った義舎に身を寄せる人々を病から救うためであった。楽彊は、そこで欧陽春と出会ったのであった。

しかし、楽彊の問いかけに、急に欧陽春は表情を暗くした。

欧陽春 「父は、昨年、曹操殿毒殺の嫌疑をかけられ投獄され、まもなく獄死したと聞き及びます。」
楽彊 「なんと・・・」

楽彊は、その欧陽峰から医術を多少学んでいたのである。思わず声を失った。

われながら、回りくどい言いようだな・・・
欧陽春 「私も身分を偽り、こうやって曹操の手の届かないところで身を潜める日々でございます」
楽彊 「そうであったか・・・」
楽彊 (ということは、まだ独り身でおられるのか?それならば・・・)
楽彊 「欧陽春どの。かような時に、このようなことを申すのは場違いかもしれぬ。だが、今をおいて言うときもないように思える」
欧陽春 「なんでございましょう」
楽彊 「私にはあなたが必要に思えてならぬ。これから私とともに暮らしてはもらえぬだろうか?」

父のことを思い出し翳りを見せた欧陽春の表情が、急に紅に染まった。

欧陽春 「わたくしも同じ思いでございました・・・」

ここに楽彊と欧陽春はささやかな結婚の宴を開いた。
ともに乱世を生き抜くことができるだろうか。
まだ、その先に何がまっているのか、誰も知る由はなかった。

7月10日
結婚から七日が過ぎたときのことであった。

欧陽春 「あなた。ともに暮らし始めてから楽しい日々を送っていますが、あなたの顔にはときどき何か思案するような気配がよぎります。そろそろお話くださってもよろしいのではないですか?」
楽彊 「気づいておったか。所帯をもったからには無位無官というわけにもいくまい。ならばどのお方に仕えるべきか、思案していたのだ」
欧陽春 「あら、それならば、今や道は一つと思っていましたのに」
楽彊 「そなたもそう思うか」
欧陽春 「劉備様をおいて、あの曹操から皇帝陛下をお救いし、漢の再興を成し遂げる方はありませんでしょう?」
楽彊 「そうだな。だが、おれが思案していたのはそこではないのだ。」
楽彊 「いまの情勢でどこがもっとも重要な地か。ということだ」
欧陽春 「つまり、劉備殿の本拠、成都へ行く以外の道もあるということですか?」

いま、劉備の陣営は漸く巴蜀の地も収まり、その目は漢中、そして中原へと向けられている。
次に戦場になるのは二人の出会いの地、漢中方面になるだろう。
しかし、劉備・曹操の目が漢中へと集中する状況において、あの孫権が荊州を手中にするという念願を果たすために何もしないということはなかろう。
この情勢だからこそ、荊州が重要な地になってくるのではないか。

欧陽春 「江陵を守る関羽殿は義侠心あついお方と聞いております。あなたが行けば、きっと軍に迎え入れてくれるでしょう」

こうして、楽彊は江陵へと向かったのであった。


7月15日 江陵
楽彊は、江陵を守る関羽に面会を許された。

好奇な目と、胡散臭そうに見る目とが混じりながら、関羽は言った。
関羽「そなたが楽彊殿か。噂はきいたことがあるが、今日はわしに何のようじゃ?」
楽彊「関羽殿、劉備殿のお力になりたく、参りました」
関羽「ほう。なにゆえ成都の兄者のもとへいかれぬ?」
楽彊「ここ荊州は、曹操、孫権がともに狙う要衝の地でございます。劉備殿の軍勢の主力が漢中に向いている今こそ、荊州の守りを固め、さらには襄陽を奪う準備を進めるべきと考えるからです」
関羽「なるほど。そなたの考えは分かった。まあ、わしがいれば荊州が落ちることはあるまいが」

楽彊は、江陵で劉備軍に仕えることになった。
しばらくして、欧陽春も合流した。

218年1月

漢中は張飛、黄忠らの活躍によって劉備の手に落ち、劉備は漢中王に即位。
ついに、曹操に対抗する根拠地を手にした。

1月17日
江陵の関羽のもとに諸葛亮が訪れた。
今度の戦功を称して、五虎大将軍を任命することになったということだった。
関羽、張飛、趙雲、馬超、黄忠の5名が任命され、その筆頭は関羽とされた。
そしてここに、劉備はその絶頂を迎えることになったのだった。

そのころ、楽彊は、農場を耕しつつ、兵を調練していたのだった。
曹操が漢中を諦めたと言うことは、その目が荊州に向くのもそう遠くはないだろう。
だが、新参者にできることは少ない。
いまは、江陵の軍備を整えることで来る荊州争奪戦に備えるのみだ。


218年1月末
ここに諸葛亮の戦略の第一歩である「三国鼎立」は成った。
そしてここから、曹操軍に対する全面的な攻勢が始まるはずであった。


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第1回 あとがき
在野期間の修行からはじめようかと思ったのですが、江賊退治とか書いても、
最初は面白いかもしれませんが、何十回とすることになるので割愛しました。
というわけでシナリオ6、217年の漢中争奪戦から開始です。
史実では劉備軍がもっとも版図を大きくもっていたころ、ということになります。
たった半年をこれだけの文章量にしたら、ちょっと長くなりすぎる悪寒w

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