第7回:虚数はどこにある?−複素平面の考え方

キーワード:複素平面・偏角と積・平面上の回転・オイラーの公式

今日のテーマは、「虚数はどこにあるのか?」です。前にみたように、実数は数直線を隙間なく埋め尽くしているので、そこに新しく虚数単位を入れる余地はありません。つまり、虚数は数直線上にないのです。ここでは、虚数はどこにあるのか、ということを考え、そこから複素数の幾何学的なイメージを描いていきましょう。

虚数倍の意味

虚数の性質について考えるときに出発点となるのは当然、虚数単位の定義$ i^2=-1$です。つまり2回かけると$ -1$倍になるという性質があるわけです。

そこでまず$ -1$倍するということの意味を考えてみましょう。数直線上の点に$ -1$をかけると、原点0を挟んで反対側の点になります。つまり、数直線をひっくり返すことに対応しています。

図 1: $ -1$倍は180度の回転に相当する
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一言で「ひっくり返す」と言っても、これには2種類あります。ひとつは、原点を中心にぐるっと回転させたときの「ひっくり返す」です。もう一つは、原点に鏡を置いて移した(あるいは図形的にいえば線対称にした)「ひっくり返す」です。いま、この「ひっくり返す」という操作を2回に分けたいわけです。そうすると後者の鏡を使ったほうでは、これを2回に分割した操作に分けることはできないのでこちらを用いるのは難しそうです。こういう変換を「不連続変換」といいます。一方、前者の回転を考えた場合、ひっくり返すのは180度の回転であり、この回転の角度をいろいろと変えれば、この操作を分割したり繰り返したりすることを容易に表現することができます。これならば、虚数倍を「90度回転させること」に対応させることができそうです。

図 2: $ i$倍は90度の回転に相当する
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こうすると、複素数$ a+bi$の意味もはっきりしてきます。$ i$が実数と直交する方向を表すとすれば、$ a+bi$は平面上の点と対応させることができます。このように、複素数と平面上の1点を対応させた平面を、複素平面、あるいはガウス平面と呼びます。以下、この「虚数は90度回転」というアイディアが首尾一貫した数学を構築するか確認していきましょう。

図 3: 複素数と平面上の1点を対応させる
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複素平面上、実数に相当する元の数直線を実軸、純虚数に相当する縦軸の方を虚軸と呼びます。ある複素数の共役複素数は、実軸について対称な点に対応することになります。

このようにして考えた場合、複素数の和と差は、ベクトルの和と差のように、それぞれの座標の和と差として考えることができます。

そして、複素平面を考えることで積と商にも具体的なイメージを与えることができます。これを次の節でみていきましょう。

複素数の極形式と積・商

前回、複素数の積と商についての定義を書きましたが、かなり複雑な式であり、それがどのような意味を持つのかは明らかではありませんでした。そこで、複素平面の考え方によって新しく「極形式」を導入することで、複素数の積・商の幾何学的意味を明らかにしたいと思います。

座標系の極座標を知っている方もいらっしゃるでしょう。極形式は複素平面を極座標で表したものです。前回にも登場した絶対値 $ \vert a+bi\vert=\sqrt{a^2+b^2}$は、複素平面上でも原点からの距離に対応し、これは直観的にも分かりやすいと思います。複素数は2つの数字を用いて表現される量ですから、絶対値に加えてもう一つの量を使うことでも表現できるはずです。これに当たるのが、偏角です。これは複素数を表す点と原点を結んだ線分が実軸となす角度(図参照)です。

図 4: 複素数の極形式
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$ z=a+bi$とおくと、$ r=\vert z\vert$として、偏角$ \alpha$は、 $ a=r \cos \alpha, b = r \sin \alpha$となるような角度として定義されます(単純にタンジェントにしてしまうと、180度以上の角度が表現できない)。これによって、複素数は $ z=r(\cos \alpha + i \sin \alpha)$と表すことができ、これを極形式と呼ぶのです。

この極形式を使って複素数の積を考えてみましょう。いま2つの複素数 $ z=p(\cos \alpha + i \sin \alpha)$ $ w=q(\cos \beta + i \sin \beta)$の積を考えます。


$\displaystyle z \cdot w$ $\displaystyle =$ $\displaystyle pq(\cos \alpha + i \sin \alpha)(\cos \beta + i \sin \beta)$ (1)
  $\displaystyle =$ $\displaystyle pq(\cos \alpha \cos \beta + i\sin \alpha \cos \beta +i \sin \alpha \sin \beta - \sin \alpha \sin \beta)$ (2)
  $\displaystyle =$ $\displaystyle pq \bigl( (\cos \alpha \cos \beta - \sin \alpha \sin \beta) + i (\sin \alpha \cos \beta +\sin \alpha \sin \beta) \bigr)$ (3)
  $\displaystyle =$ $\displaystyle pq \bigl( \cos (\alpha + \beta) + i \sin (\alpha + \beta) \bigr)$ (4)

最後の変形には三角関数の加法定理を用いました。これはかなりイメージしやすいものになったのではないでしょうか。複素数の積とは、それぞれの絶対値の積をとり、偏角は和になる、といえます。これは複素平面という幾何学的イメージを導入したことの恩恵です。とくに後半の偏角についての部分を「ド・モアブルの定理」といいます。

商はこの逆ですから、絶対値の商をとり、偏角は差である、と定義できます。

これは、当初の「虚数は90度回転」というアイディアとも整合がついています。(文章中は分かりやすく度を用いますが、三角関数などのパラメタとしてはラジアンで表記します)

$\displaystyle i = \cos \frac{\pi}{2} + i \sin \frac{\pi}{2}
$

という変形が可能ですから、虚数を乗じることは偏角に90度加えることに対応し、まさに「虚数は90度回転」になっているわけです。そして極形式を導入することによって、一般の角度の回転についても複素数で表現できることが明らかになりました。

以上の議論によって、虚数単位を90度回転とみなし、複素数を平面上の点と対応づけるという考え方が首尾一貫したものであり、また積・商という演算についてはむしろこの観点からの方が直観的なイメージがつかみやすいということが分かったと思います。

オイラーの公式

ここで少し微分の考えを使う話をします。これを入れるかどうか迷ったのですが、以上の話だけでは高校の数学の教科書に書いてあることとほとんど同じです。少し先を見るという意味でも、内容的に非常に美しく興味深いものであるという意味でも、オイラーの公式というものについて触れることにしました。

いま、複素数の「積」は偏角の「和」として表現されることを見ました。この「積」が「和」になるという計算規則はどこかで見覚えがないでしょうか?これはいわゆる指数規則と同じことです。

$\displaystyle a^m \times a^n = a^{m+n}
$

指数の肩は、積によって和になります。これはまさに上のド・モアブルの定理と同じ形をしています。

そこで、複素数の偏角の部分をなにか指数関数で表すことができないか考えてみましょう。

ます指数のもとになる数字(上の式では$ a$)に何を選ぶかですが、普通の対数のように2や10を選ぶこともできるでしょうが、あまりそういう普通の数を選ぶ利点はなさそうです。すぐ後に微分を用いることを考えて、微分に便利なものを選びましょう。それには「自然対数の底$ e$」が適任です。これは $ e=2.7183 \cdots $という無理数で、微分しても変化しないという性質があります。

$\displaystyle (e^x)' = e^x, (e^{ax})' = a e^{ax}
$

です。そして、いま考えたいことは、

$\displaystyle e^{A \alpha} = \cos \alpha + i \sin \alpha$ (5)

となるような$ A$が存在するのか、ということです。これがド・モアブルの定理と整合することは、
$\displaystyle (\cos \alpha + i \sin \alpha)(\cos \beta + i \sin \beta)$ $\displaystyle =$ $\displaystyle e^{A\alpha} \cdot e^{A\beta}$ (6)
  $\displaystyle =$ $\displaystyle e^{A(\alpha+\beta)}$ (7)
  $\displaystyle =$ $\displaystyle \cos (\alpha + \beta) + i \sin (\alpha + \beta)$ (8)

という計算から分かります。式(5)の両辺を微分してみましょう。
$\displaystyle (e^{Ax})'$ $\displaystyle =$ $\displaystyle A e^{Ax}$ (9)
$\displaystyle (\cos \alpha + i \sin \alpha)'$ $\displaystyle =$ $\displaystyle -\sin \alpha + i \cos \alpha$ (10)
  $\displaystyle =$ $\displaystyle i(\cos \alpha + i \sin \alpha)$ (11)

この二つを比べることによって$ A=i$であると結論することができそうです。ここでも虚数単位がでてきました。つまり、

$\displaystyle e^{i \alpha} = \cos \alpha + i \sin \alpha$ (12)

ということです。このように「虚数乗」を定義することは計算規則上も微分・積分のその他の面からもまったく矛盾なく使えることが分かっています。これを「オイラーの公式」といいます。

これからとくに、

$\displaystyle e^{i \pi} = -1
$

$\displaystyle i^i = (e^{\frac{\pi}{2}i})^i = e^{-\frac{\pi}{2}}
$

となり、円周率$ \pi$、自然対数の底$ e$、虚数単位$ i$が不思議な関係で結ばれていることが分かります。とくに虚数の虚数乗が実数になり、しかも自然対数の底と円周率で表されるというのはなんとも不思議としかいいようがありません。

オイラーの公式は、三角関数の微分積分を虚数の積に変換できることから、波動や交流回路などの周期的な運動を表すのによく使われます。また量子力学では虚数が現れることが本質的ですし、素粒子論などで重要な道具となる経路積分はまさにオイラーの公式に土台を置いています。

まとめ

負数の平方根やら複素数やらというものは、その導入から言えばまさに「想像上の」存在のようでした。それは数直線上に居場所がないことからもなにやら宙に浮いた、幽霊のような存在だったかもしれません。しかし今回みてきたように、複素数と平面上の点を対応させ、虚数単位に90度回転という幾何学的意味を持たせることで、複素数の居場所を作ることができるばかりでなく、積・商といった演算に具体的なイメージを持たせることができました。そして、指数関数との関係で少しみたように、これが微分・積分の分野でも大きな進歩を見せるのですが、それは今回の話と大きくそれるのでまた機会があれば書きたいと思います(いわゆる複素解析のことですが、自分の遅筆ぶりではそこまで触れる余裕なさそうですが)。

さて、次回は四元数に入る前の最後の準備として抽象代数学について触れておきたいと思います。とくに群論の入口と計算規則についていくつかの確認をしておきたいと思います。これは四元数がいままでの数と違った性質をみせるためです。 いきなり四元数の話に入るよりも、考えている対象によって計算規則が変わりうるということに(特に高校数学までしかなじみのない人にとっては奇異に映るであろう「交換則」が成立しない状況に)慣れてもらう意図があります。