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序文でも少し触れましたが、そもそもこの文章を書く最初のインスピレーションは、今回の章でみる、因数分解と四元数の関係からでした。やっとここまできた、という感じです。ついに四元数が登場します。
まずは、四元数の発見の話からです。
少し前の議論を思い出しましょう。中学で習う因数分解の公式(和と差の積)、
では、さらに3つの変数にした は因数分解できるでしょうか?
いま、因数分解したの係数をとおいても一般性は失われませんので、次のように置きましょう。
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さて、2つ目の虚数単位を付け加えたとして、そこでの計算規則はどういうものになるべきでしょうか。もし積の交換が成り立つならば、 となり0にはなりませんから、ここは前回の群の議論を踏まえ、交換則を捨ててアーベル群でなく普通の群であるとして、
あとはこれが首尾一貫しているか確認しなければなりません。確認しなければならないことは、これがきちんと閉じた系になっているかということです。つまり式(8)にでてきた積がこの世界に収まっているか、ということです。もしこの体系が積について閉じているならば、すべての数は複素数の拡張として、1ととの3つをつかって と書けるはずです(係数はすべて実数)。そこで、上の式(8)のもこの形にできるはずです。すなわち
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よって、2個目の虚数単位を導入しても首尾一貫した積について閉じている体系を作ることができないということが分かりました。つまり、3変数の因数分解を可能にするような拡張はできないということです。
3変数ではうまく数学を構成できないことは分かりました。これは3つ<以上>の変数で数学を構成できないということを意味するのでしょうか?3つでだめなら4つにしてもだめなのではないか?と思うのは自然でしょう。しかし、19世紀の数学者・物理学者であるハミルトンは、4つ目の変数を導入し、虚数単位が3つあるとするとうまくいくことを発見したのです。
さっそく、前節の議論を拡張して4つの変数の場合を考えてみましょう。そして、その場合に必要とされる計算規則を導き出したいと思います(以下は、自分なりに計算してみた結果です。ハミルトンが実際どのような思考過程を経て四元数にたどり着いたのか、ということについては詳しく調べられていません)。
今度は、一つ変数を増やして、 を因数分解することを考えます。同じように、
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さて、3変数のときはけっきょく虚数単位どうしの関係を満たすようにうまく設定が作れなかったわけですが、今回はどうでしょうか。
前節と同じようになどを の形で求めていくこともできますが、今回は連立の形になり少々めんどうです。そこでいま、3つの虚数単位の積を考えます。これが求まれば、などから、二つの虚数単位の積も計算することができます。たとえば式(25)の右からをかけて変形していきます。
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よって、になることが分かりました。。最初の文章では、「 とは四元数ではいえない」と書いたのですが、の解は無数にありますが、の解はだけでした。ですが、せっかくなので以下の議論は残します。ここではが実数であることを示したいと思います。
いま、 と書けると仮定します。ここで右からを掛けて計算してみると、
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(38) | |||
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こうして、4変数の式 は、3つの虚数単位を用いて
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ついにこの文章のテーマである四元数にたどり着くことができました。3つの変数では因数分解できないのに、4つに増やすとできるようになるというのもなかなか不思議な話だと思います。しかし、群として一貫した計算規則を成立させるためには、その要素数(虚数単位の数)に条件が課されます。1を含めて個でなければならないのです。ですから2(複素数)の次は4(四元数)であり、その次は8元数となります。線形代数を勉強している段階では、次元の違いは線形独立な基底の個数の違いぐらいでしかないように思えますが、今回みたような代数的な性質のほかにも、位相幾何学的な性質、さらには微分構造など、次元の違いが本質的な違いになることも多いようです。
余談ですが、この因数分解の話は、物理学の相対論的量子力学をご存知の方なら、ディラック方程式の導出過程と同じということに気づかれたと思います。あれも、ダランベルシアンという4変数の2階微分演算子を因数分解することにほかなりません。一般に、4つの変数を因数分解するときには、4以上の偶数次の行列が必要になり、これがディラック方程式に従う場が4成分のスピノールと呼ばれる量になることと関連してきます。この話については、最後の章でもう一度触れるつもりです。
さて次回は、四元数の計算についてもう少し詳しくみていきたいと思います。四元数どうしの積の計算法則や、共役・絶対値といったことについて考えます。そして、その計算規則が現代のベクトルの計算と非常に密接な関係にあることをみていきましょう。