第9回: $ x^2+y^2+z^2$は因数分解できるか?

キーワード:因数分解、四元数

序文でも少し触れましたが、そもそもこの文章を書く最初のインスピレーションは、今回の章でみる、因数分解と四元数の関係からでした。やっとここまできた、という感じです。ついに四元数が登場します。

まずは、四元数の発見の話からです。

因数分解の拡張

少し前の議論を思い出しましょう。中学で習う因数分解の公式(和と差の積)、

$\displaystyle x^2 - y^2 = (x+y)(x-y)
$

がありますが、$ x^2+y^2$は実数の範囲では因数分解できません。ですが、いまや方程式の解に複素数を許したのですから、因数分解の係数に複素数を許すことにしましょう。すると、

$\displaystyle x^2+y^2 = (x+iy)(x-iy)
$

と因数分解できます。もちろん、ここで$ i$は虚数単位$ \sqrt{-1}$です。

では、さらに3つの変数にした $ x^2+y^2+z^2$は因数分解できるでしょうか?

いま、因数分解した$ x$の係数を$ 1$とおいても一般性は失われませんので、次のように置きましょう。

$\displaystyle x^2+y^2+z^2 = (x + Ay + Bz) (x + Cy + Dz)$ (1)

展開して係数を比べることによって、係数$ A,B,C,D$を決めます。

$\displaystyle (x + Ay + Bz) (x + Cy + Dz) = x^2+ACy^2+BDz^2+(A+C)xy+(B+D)xz + (AD+BC)yz$ (2)

です。最後の項はのちの議論のために、積の順番に気を付けてください。これが元の $ x^2+y^2+z^2$になるためには、
$\displaystyle AC$ $\displaystyle =1$ (3)
$\displaystyle BD$ $\displaystyle =1$ (4)
$\displaystyle A+C$ $\displaystyle =0$ (5)
$\displaystyle B+D$ $\displaystyle =0$ (6)
$\displaystyle AD+BC$ $\displaystyle =0$ (7)

である必要があります。式(5),(6)より直ちに$ C=-A,D=-B$であることが分かります。これを式(3),(4)に代入すれば、 $ A^2=-1,B^2=-1$となり、それぞれが虚数単位のような性質をもつべきことも分かります。そこで$ A=B=i$ということにすると、式(7)の左辺に代入すれば、

$\displaystyle AD+BC=-i^2 - i^2 = -2i^2= 2
$

となってしまい、うまく0になってくれません。そこで、$ A=i$としたうえで、もう一つ別の虚数単位があると仮定し、$ B=j$とおいてみます。実数に虚数単位を加えて複素数へと拡張したように、新しい要素を付け加えて数を拡張することによって、いままでできなかったことができるようになるのではないか、ということです。ただ、ここで問題になるのは、どのような要素を付け加えるのかということと、付け加えた際に首尾一貫して矛盾のない計算規則を作ることができるのかというです。

さて、2つ目の虚数単位を付け加えたとして、そこでの計算規則はどういうものになるべきでしょうか。もし積の交換が成り立つならば、 $ AD+BC=-2ij$となり0にはなりませんから、ここは前回の群の議論を踏まえ、交換則を捨ててアーベル群でなく普通の群であるとして、

$\displaystyle ij + ji = 0$ (8)

という関係が成り立つと仮定します。つまり、積の順番を交換すると符号が逆になるとします(これが唯一の方法ではありませんが)。こうすることによって、とりあえず因数分解の条件は満たされました。

あとはこれが首尾一貫しているか確認しなければなりません。確認しなければならないことは、これがきちんと閉じた系になっているかということです。つまり式(8)にでてきた積$ ij$がこの世界に収まっているか、ということです。もしこの体系が積について閉じているならば、すべての数は複素数の拡張として、1と$ i$$ j$の3つをつかって $ z = a + bi + cj$と書けるはずです(係数$ a,b,c$はすべて実数)。そこで、上の式(8)の$ ij$もこの形にできるはずです。すなわち

$\displaystyle ij = a + bi + cj$ (9)

と書けるはずですから、この係数$ a,b,c$を決めてみましょう。いま$ ij$の左から$ i$をかけます。積の順番を勝手には替えられませんから、左からの積と右からの積を区別しなければならないことに注意しましょう。結合則はいまでも有効ですから、 $ iij=(ii)j=-j$です。一方、

$\displaystyle iij = i(a + bi + cj)=ai + bi^2 + cij= ai -b +c ij$ (10)

です。これにもう一度$ ij$の表現を代入すれば、

$\displaystyle iij = ai -b +c (a + bi + cj) = (ac-b) + (a+bc)i+c^2 j$ (11)

これが$ -j$に等しくなるためには、 $ a=b=0, c^2 = -1$となりますが、最後の式は係数がすべて実数であると仮定したことと矛盾します。

よって、2個目の虚数単位を導入しても首尾一貫した積について閉じている体系を作ることができないということが分かりました。つまり、3変数の因数分解を可能にするような拡張はできないということです。

4つ目の変数を導入

3変数ではうまく数学を構成できないことは分かりました。これは3つ<以上>の変数で数学を構成できないということを意味するのでしょうか?3つでだめなら4つにしてもだめなのではないか?と思うのは自然でしょう。しかし、19世紀の数学者・物理学者であるハミルトンは、4つ目の変数を導入し、虚数単位が3つあるとするとうまくいくことを発見したのです。

さっそく、前節の議論を拡張して4つの変数の場合を考えてみましょう。そして、その場合に必要とされる計算規則を導き出したいと思います(以下は、自分なりに計算してみた結果です。ハミルトンが実際どのような思考過程を経て四元数にたどり着いたのか、ということについては詳しく調べられていません)。

今度は、一つ変数を増やして、 $ w^2+x^2+y^2+z^2$を因数分解することを考えます。同じように、

$\displaystyle w^2+x^2+y^2+z^2 = (w+Ax + By + Cz) (w+Dx + Ey + Fz)$ (12)

と因数分解できると仮定します。展開して係数を比べることで、前節と同じような式が得られます。
$\displaystyle AD$ $\displaystyle =1$ (13)
$\displaystyle BE$ $\displaystyle =1$ (14)
$\displaystyle CF$ $\displaystyle =1$ (15)
$\displaystyle A+D$ $\displaystyle =0$ (16)
$\displaystyle B+E$ $\displaystyle =0$ (17)
$\displaystyle C+F$ $\displaystyle =0$ (18)
$\displaystyle AE+BD$ $\displaystyle =0$ (19)
$\displaystyle AF+CD$ $\displaystyle =0$ (20)
$\displaystyle BF+CE$ $\displaystyle =0$ (21)

これらの数式から同様の議論で、3つの虚数単位$ i,j,k$を用いて、
$\displaystyle A$ $\displaystyle = -D$ $\displaystyle = i$ (22)
$\displaystyle B$ $\displaystyle = -E$ $\displaystyle = j$ (23)
$\displaystyle C$ $\displaystyle = -F$ $\displaystyle = k$ (24)

となり、これら3つの虚数単位どうしは、
$\displaystyle ij +ji$ $\displaystyle =0$ (25)
$\displaystyle jk + kj$ $\displaystyle =0$ (26)
$\displaystyle ki + ik$ $\displaystyle =0$ (27)

という関係を満たしていればよいことが分かります。ここまでの計算は前節とほとんど同じなので確認してみてください。ここで3つの虚数単位がお互いに反交換(積を交換すると符号が逆になる)の関係にあることに注意してください。

さて、3変数のときはけっきょく虚数単位どうしの関係を満たすようにうまく設定が作れなかったわけですが、今回はどうでしょうか。

前節と同じように$ ij$などを $ a+bi+cj+dk$の形で求めていくこともできますが、今回は連立の形になり少々めんどうです。そこでいま、3つの虚数単位の積$ ijk$を考えます。これが求まれば、$ iijk=-jk$などから、二つの虚数単位の積も計算することができます。たとえば式(25)の右から$ k$をかけて変形していきます。

$\displaystyle ijk + jik = 0$     (28)
$\displaystyle ijk - jki = 0$     (29)
$\displaystyle ijk + kji = 0$     (30)
$\displaystyle ijk = - kji$     (31)

積を一つ入れ替えると符号が変わることに注意してください。よって、

$\displaystyle (ijk)^2 = (ijk) \cdot (ijk) = (ijk) \cdot (-kji) = - ij(kk)ji = +i(jj)i = -ii = 1$ (32)

積の順番をひっくり返した上で、真ん中から結合させて $ i^2=j^2=k^2=-1$を用いて消したわけです。

よって、$ (ijk)^2=1$になることが分かりました。。最初の文章では、「 $ ijk = \pm 1$とは四元数ではいえない」と書いたのですが、$ x^2=-1$の解は無数にありますが、$ x^2=1$の解は$ x=\pm 1$だけでした。ですが、せっかくなので以下の議論は残します。ここでは$ ijk$が実数であることを示したいと思います。

いま、 $ ij = a + bi + cj +dk$と書けると仮定します。ここで右から$ iji$を掛けて計算してみると、

$\displaystyle iji = (ij) i = ai -b + cji + dki$ (33)

$\displaystyle iji = i(ji) = -ai + b - cij -dik$ (34)

と二通りの表し方があります。式(34)では積の反交換性を使っています。この2式はどちらも同じものを計算しているわけですから、$ a=b=0$でなければいけません。同様に$ jij$を計算することで$ c=0$もいうことができます。よって

$\displaystyle ij = dk$ (35)

であることが示せます。よって、 $ ijk=dk^2 = -d$ということで、$ ijk$は実数ということがわかりました。さらに、式(32)によって$ d^2=1$ですから、$ d = \pm 1$です。ここで、式(35)を考慮して、$ ij=k$という形になるとすれば$ d=1$にするのがすっきりしそうです($ d=-1$としたときは$ ji=k$としたということで、積の順番の違いでしかありません)。以上より、3つの虚数単位どうしの関係は、

$\displaystyle ijk = -1$ (36)

であればよいことが分かりました。これにより、虚数単位を2つ掛けた積は、
$\displaystyle ij$ $\displaystyle = k$ (37)
$\displaystyle jk$ $\displaystyle = i$ (38)
$\displaystyle ki$ $\displaystyle = j$ (39)

という計算規則になり、一貫したものになることが確認されます。2つの虚数単位ではだめでしたが、3つ目を加えることによってうまく閉じた体系にすることができるのです。

こうして、4変数の式 $ w^2+x^2+y^2+z^2$は、3つの虚数単位$ i,j,k$を用いて

$\displaystyle w^2+x^2+y^2+z^2 = (w+ix + jy + kz) (w-ix -jy -kz)$ (40)

と因数分解できることが分かりました。そしてここに現れる3つの虚数単位を用いて、 $ z = a + bi + cj + dk$の形に表される数を四元数と呼びます。

まとめ

ついにこの文章のテーマである四元数にたどり着くことができました。3つの変数では因数分解できないのに、4つに増やすとできるようになるというのもなかなか不思議な話だと思います。しかし、群として一貫した計算規則を成立させるためには、その要素数(虚数単位の数)に条件が課されます。1を含めて$ 2^n$個でなければならないのです。ですから2(複素数)の次は4(四元数)であり、その次は8元数となります。線形代数を勉強している段階では、次元の違いは線形独立な基底の個数の違いぐらいでしかないように思えますが、今回みたような代数的な性質のほかにも、位相幾何学的な性質、さらには微分構造など、次元の違いが本質的な違いになることも多いようです。

余談ですが、この因数分解の話は、物理学の相対論的量子力学をご存知の方なら、ディラック方程式の導出過程と同じということに気づかれたと思います。あれも、ダランベルシアンという4変数の2階微分演算子を因数分解することにほかなりません。一般に、4つの変数を因数分解するときには、4以上の偶数次の行列が必要になり、これがディラック方程式に従う場が4成分のスピノールと呼ばれる量になることと関連してきます。この話については、最後の章でもう一度触れるつもりです。

さて次回は、四元数の計算についてもう少し詳しくみていきたいと思います。四元数どうしの積の計算法則や、共役・絶対値といったことについて考えます。そして、その計算規則が現代のベクトルの計算と非常に密接な関係にあることをみていきましょう。